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2014年10月

闘病観察日記 その7

母の闘病観察日記その7です。

そんなこんなでリハビリは続いていますsign01

転院後1か月位(9月後半)の時はベッド上座位(その後は車椅子)で体幹を長時間安定させて座る事、支えてもらいながら体幹を安定させて何秒間か立つsign03ということをやっていました。

座っていても左半身が麻痺しているので、耐え切れず右にいってしまっているのですが、立つことにより足の裏が刺激されることがとても大切shineなのだそうですconfident

母自身も、目線eyeが上がるup事によって、きれいな外の庭(これまたすごくきれいにお手入れされているのですmaple)を見て心が和むようですし、お天気のいい土曜日のスペシャルshineでキムチdogと面会するというのが励みになっているようですhappy01

102週目の辺りでは更に進んだ段階です。

座っていると体がずれていっていたのは段々安定してきていますが、まだずれても自分で気付いて戻す、ということは出来ません。でも転院直後の状態を考えると、嘘のようですconfident

本人の身体の事はとりあえず病院・リハビリの先生方にお任せする以外なく(何せ私の力じゃ、ベッドから移動させることも不可能だったbearing)無理せず、手抜き・息抜きをしながらいかないと、と思っておりますcoldsweats01

ストレスでこっちが倒れてしまっては元も子もありませんから、飲みbeerには出ております()

正直、飲まないとやっていられない・・・と思う日もありますが、これまたストレスからか、そんなには飲めない日もあったりして・・・coldsweats01

いずれ、父の入院hospitalで休んでいたジム通いも、再開後1回行っただけで母の入院hospitalとなり、また休んでいるwobblyんですが、それも自分と将来の娘の為に(介護されなくていいようにbearing)そのうち再開しようと思っていますconfident10月に入り、やっと1度は行きましたw)

闘病観察日記 その6

母の闘病観察日記のはずが、父の事になってしまいますがcoldsweats01・・・その6です。

父としては、いきなり相棒である母がいなくなり、私は会社と病院、孫である私の娘も熱心に母の看護・リハビリをしてくれているので、話す相手がいなくなり寂しいと言う気持ちが大きいようですthink

でも(こんな事を言うと「優しくない娘だ」と思われるでしょうがbearing)、これまでも父という人間があまり好きではなくcoldsweats01、なるべく距離を置いて生きていた私にとって、母がいなくなった後の父は益々近づきたくない人種の人で・・・think

また、父自体長年家にいないことが多く、母は私の親であると同時に色々な事を相談し、一緒に過ごしてきた友人でもありましたけれど、父とは必要事項以外なるべく話さないようにしてきたのに、今母の事で手一杯の状態の時に「俺がな・・・」という話をされても、全く迷惑だangryというのが本音でしたcoldsweats01

同時に、父さえ去年心臓の検査をするように言われた時にきちんと対応しておいてくれていれば、急な入院にならず、そうすれば母が倒れることもなかったのではないかthinksign02という思い・・・というより怒りannoyが、心の中にあるのも事実ですbearing

同じような事を、姉も、娘も感じていました。

看護、という視点においては全く無力というか役立たずであることも判明しbearingdowndown、父に対するイライラは益々募っているannoyupupのですが、それに比して娘の、母(おばあちゃん)への対応が際立って素晴らしいのに感心していますconfident

左側がほとんど見えていないと分かった当初の食事restaurantの介助時も、「おばあちゃんが良くなるために、どこまでするべきかと思って、やってるよconfident」とさらっと言われ、只手伝えばいいのではないと言う事を気付かされましたflair

看護師さんやリハビリの方々の声も、正確に届けてくれるので、私が行けない時も安心して任せられます。介助の様子を見た療法士さんが「看護の方面の学校ですか?」と娘に聞いてきたそうですが、その気持ちがよくわかりますcoldsweats01

それに対し父は「俺が全部手伝った」とか、そういう話になるので、イライラ・・・annoyannoy・なわけです。それでは母の為になりませんpout


人の話にも「俺が思うにだな」という自分の見解が混ざるので、どこまでが誰の話だか、さっぱりわからないのが難点です。「あんたの話はどうでもいいgawk」と、つい思ってしまいます()



娘の力を借りられるのも来春の就職までの間ですし、父が退院した後、10月には卒業旅行(お友達がお金がなくていけないと言うので母である私が同行)でドイツに行こうairplaneという計画もあったのですが、とりあえず立ち消え状態・・・(これについては、後日)一生懸命やってくれている娘の為に、何とか姉・妹や叔母の力を借りて、どこかに連れて行ってやりたいと思っているこの頃ですconfident

今思えば、就職で盛岡に帰ってくるhappy01sign01と言っても「いやいや、外(盛岡以外)に出なよthink」と言う冷たい母(=私)の言葉にもめげず、娘が早々に盛岡での就職を決めておいてくれたおかげで、今私もこうして暮らせているわけですconfident

一人で母と父の事を背負っていたら、今頃きっと私も倒れていた事でしょうcatface

 

娘には、感謝と、母へのケアへの尊敬でいっぱいですconfidentheart02heart02

闘病観察日記 その5

母の闘病観察日記その5です。

お盆中に脳内出血で倒れ、いきなり始まった母の入院生活hospitalですが、一番最初にネックになったのは父でしたthink

お盆中なので休みだったとはいえ、基礎体力をつけるため、週3回・心臓のモニターをしつつのリハビリに通院中でした。退院後は母がつきっきりでしたので、身体的な面もそうですが、精神的に依存度が高く、何をするにもおろおろしていましたbearing(今でも若干そのきらいはある)

また、減塩の食生活が必要でしたし、その前の週にやっと「手術の時切った肋骨がくっついたので、サポーターを巻かなくていいですよ」と言われたばかりでした。薬の副作用と手足の筋力不足で自分で運転する事も出来ませんwobbly

でも、こうなったら父の事は構っていられませんthink

父にはすぐに「とにかく自立してsign03」と宣言しました。

母が倒れてすぐに休みを取ってきてくれた姉と妹ですが、何かと「じゃあ俺はどうすればいいんだsweat01」と自分の事ばかりを口にする父に苛立つangry私と姉(と娘)は早々に手を引き、妹に父の担当をしてもらいました。

そして、洗濯機の使い方、バスの高齢者利用パスの申請方法、減塩の宅配お弁当の手配等々、父の対応をしてもらいました。(今は主に電話でフォローをしてくれています)

私は、自分達用に作った食事が、父に合いそう(塩分や栄養の面で)な時はおすそわけしますが、それ以外はやらないことにしました。母のことに加えて父の塩分管理まで出来る自信は、全くありませんでしたからthink

減塩の宅配お弁当は父の口に合ったようでホッとしましたcoldsweats01

これまで「シーツはホテルみたいに毎日交換してほしい」なんてことを母にホザイテsign01いた父ですが、やりたいなら自分でやって!gawkです。

幸い、お盆明けのリハビリで、自分で筋力UPの為に歩くのであればもう通院しなくてもいいと言われましたconfident(母の事情も説明したところ、毎回あんなに熱心だった奥さんが・・・と皆さんに声をかけて頂いたそうですweep


その後の心臓の検査でも、心臓の状態も順調に回復してきていて、退院時に比べると倍の動きまできているとのこと。私も安心して放っておける()ようになりましたsmile

闘病観察日記 その4

母の闘病観察日記その4です。 

どうやら、左側に見えていない範囲があり、また視界にも欠けた部分があるらしい母ですが、幸いなことに記憶には障害があまり無く(年齢的なボケは多少ありますがcoldsweats01)、タンスのどこに何が入っているとか、銀行間のお金の移動や、入っている保険、その他諸々は指示してくれるので本当に助かりますconfident

言葉は、最初、顔も左側が麻痺している為多少聞き取りづらくはありましたが、家族は平気で聞き返すwので意思疎通に問題はありませんでしたし、言語療法などを経て現在はだいぶ良くなってきているように思いますwinkupup

前述の通り右手が動かせるので、車イスに移動させてもらって、食事は自分で取ります。トレー上の左側も、認識できていないことをだいぶ自覚してきたので、食器を自分で右に動かしています。

「右の人より、おかずが少ないcoldsweats02sweat01sweat01と思って、トレーの左側に顔を向けたら私にもあったsmile」と言っていました。こんな時でもユーモアを忘れない母ですbleah

 ただ、顔の左側の感覚がないため、食べ物が口腔内で左側に溜まってしまったり(注意を促すと食べます)、汁物が左側からこぼれる・・・なんてこともありますcoldsweats01

「こぼれてるよ~」というと、口の周りをティッシュでふき取りますが、そのティッシュをもう一度箱に戻そうとしたりするsign01sweat01sweat01ので、油断ならない部分もありますcoldsweats01(最初はふざけているのかと思いましたが、汚れが見えていない?ようでしたbearing

 

転院前は勿論、転院後も2週間ほどは、食事と、リハビリで介助されている時以外はほぼ全てベッド上で生活している状態でした。(現在は違いますよ~confident

トイレtoiletは、タイミングが合えば行く事もありますが、基本的にオムツをしています。

これまでも、子宮筋腫・子宮外妊娠・腰の手術で3カ月全く身動きが出来ないなど、入院の多かった母ですので、ベッド上の排泄への抵抗感は比較的低かったようですが、自分がもし・・・と考えると、やはり排泄が自分で出来るということは、人間の尊厳に関わる重要なことだと思うようになりましたthink

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考えてみれば、母方の祖母は2回脳内出血を起こし他界しましたし、叔父・母の弟も2回の脳内出血で他界しています。

母は高血圧でもあり、肥満体sweat01で高脂血症、最近は境界型の糖尿だと言われることもありました(薬を飲む程ではないと言っていたけれど、現在値的には糖尿病状態だと、つい最近判明しましたwobbly

それに加え3月からの父の入院hospital・手術、そして退院後の13回の減塩食の作成、週3回の父のリハビリへの付き添い・・・・・・・・・・・ストレス要因が山のようにあり、遺伝的要素を考えても、脳卒中を起こす可能性は非常に高かったと言えるのでしょうthink


脳内出血の原因はよく言われているので書きませんが、一つ気になったのが、「便秘」というキーワードがあったことflair
探すと結構出てきますが、要は力むことが良くないそうで、母も「前日踏ん張りすぎたbearing」と言っていました。(それが原因とは言いませんがcoldsweats01
便秘ではない私にはわかりませんが、「踏ん張りすぎて血管キレそうって思ったことがあるsign03」というのが、便秘症の家族の言葉なので、これも注意事項の一つなんだなぁと思ったり・・・coldsweats01

いずれ、自分でトイレに行けるようになる!というのが、目標だなぁと、本人も家族も感じていますthink

闘病観察日記 その3

さて、母の闘病観察日記3です。

発症後すぐは、完璧な半側空間無視 が見られました。

いわゆる「左側を認識できない」という症状です。目が見えてないわけではないのですが、左を認知する部分の脳に損傷を負っているわけです。

「左手は?」と言っても反応がなく「もう一本の手って、どこにあるsign02」と聞くと、右の顔の前の辺りsign01の空間を探していましたcoldsweats02sweat01sweat01左足に至っては、探しもしません・・・coldsweats02

「左」という、これまで当たり前だった概念が消えている状態でしたwobbly

障がいのなかでも「見えない障がい」と言われる高次脳機能障がいと言われる障がいについては、ボランティアで支援している方々でもあり、知識としてはあったのですが、まさか自分の母親がそういう状態になるとは思ってもみませんでしたcrying

その後、徐々に出血による脳の圧迫が少し収まってきたのか、「左の概念」は少しずつ復活してきました。

しかし一度傷ついた脳神経は回復する可能性はほとんどないと言っていいようです。(新しく脳の回路が・・・的な話は、可能性はゼロではないが、限りなくゼロに近いとC病院で言われましたsad

母の場合も「左がある」ということは、今はわかっていますflairが、どうやら左側の同名半盲(後述)があるようで、温度や湿度も表示される時計の一部が見えなかったりしましたbearing(一時期は全く見えていなかったけれど、部分的に改善されているところもあります)

左側の空間を無視する「半側空間無視」と、視ている視界の左側が認識できない「同名半盲」が存在するようです。(これはすごく似ているけれど、違う症状なのだとか。これも後述します。)

右手は動くので、食事は基本的に1人でとれますが、トレーの上のご飯も、左側は最初全く見えませんでしたので、トレーの右側に寄せてあげる必要がありました。


また、若干立体感か視野にも問題があるようで、何もない所の物を取ろうとしたりすることもありましたし、スプーンを取ろうとして、机上5センチくらいの所を探していたり・・・でも、それは今はほとんど改善してきました。(本人が慣れてきた、というのもあるかもcoldsweats01

(見えない範囲が狭くなってきてるのかなconfidentsign01)と、病状の改善に安心しましたが、どうやらそう簡単でもない事が、最近またわかってきましたcoldsweats01

それでも、最初は、真正面から左は全く見えていなかったのが、頭を動かせるようになっていくとベッドの左端くらいまではボンヤリ見えるになったり・・・(そこから先は暗いのだと言っていました)

改善はしてきましたが、この後リハビリをしていく中で、この障がいは、大きな壁になりそうだなぁと感じました。


その他の状態については、母の闘病観察日記その4で。

【用語解説】 ただし受け売りだし、正しくないかも・・・^^;

半側空間無視:目(視神経~脳の入口)では見えているけど、脳が認識できない。本人は、片側に物があることを理解できない。

半盲:脳は片側を認識できるのに肝心の目(視神経~脳の入口)のどこかに障害があるため、脳まで情報が届かない。本人は見えないところがあることを理解できる。

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